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石田三成ゆかりの地めぐりと、いくつ味わえる?“三成めし”

目次

    滋賀県長浜市は、三成にとって生誕の地であり、関ヶ原の戦いで敗戦後、捕縛されるまで身を寄せた地でもあります。

    今も長浜のまちには、石田三成ゆかりの史跡や伝承が数多く残されています。

    今回は、三成ゆかりのスポットを巡りながら、彼の生涯と人となりに触れる「ゆかりの地めぐり」と、旅の楽しみをさらに深めてくれるご当地グルメ「三成めし」をあわせてご紹介します。

    歴史スポットを巡り、石田三成の物語に触れ、名物グルメを味わう!長浜ならではの、石田三成を身近に感じられる旅へ出かけてみませんか。

    生誕の地・長浜市石田町で三成の原点に触れる

    石田三成像(長浜城歴史博物館蔵)

     

    石田三成の人物像を知るうえで、まず訪れたいのが生誕の地・石田町です。

    石田三成は、永禄3年(1560)、近江国坂田郡石田村(現在の滋賀県長浜市石田町)に生まれました。父は地元の土豪・石田正継で、幼名は「佐吉」といいました。

    三成はこの地で少年時代を過ごした後、豊臣政権を支える名奉行へと成長していきます。

    ◾️石田三成出生地(石田会館・石田屋敷跡)

    石田会館(石田屋敷跡・石田三成出生地) 長浜市石田町

     

    石田三成の生誕地とされる屋敷跡には「石田会館」が建ち、「石田治部少輔(いしだじぶしょうゆう)出生地」と刻まれた顕彰碑や三成の銅像、三成の生涯を紹介する展示パネルを見ることができます。

    また、その付近には、一族と家臣の供養塔が、なだらかな横山を背景に立ち、ここから横山に向けてハイキングコースが設けられています。

    ◾️石田三成資料室

    石田会館内に設置されている「石田三成資料室」には、石田三成像や三成の生涯を描いた絵巻パネルや鎧、ゆかりの古文書、石田屋敷復元ジオラマなど数々の展示物があります。

     

    石田会館(石田屋敷跡・石田三成出生地)
    滋賀県長浜市石田町治部576
    【電話】0749-62-8285
    【営業時間】不定休※常時開館ではない為、事前にお電話でご確認ください。
    【アクセス】北陸自動車道長浜ICから車で15分

    運命を変えた、秀吉との出会いを辿る

    JR長浜駅前に立つ「秀吉・三成出逢いの像」は、少年時代の三成が、豊臣秀吉に茶を献じた「三献の茶」の逸話をモチーフにした像です。

    三成と秀吉の運命的な出会いを、目の前で感じられるスポットです。

    ◾️秀吉・三成出逢いの像

    秀吉公と石田三成公 出逢いの像(長浜市)
    三成が少年期を過ごした寺での逸話に基づいて、少年時代の三成が秀吉に茶を献上する様子を表している

     

    三成と秀吉の出会いは、秀吉の長浜城主時代に遡ります。

    江戸時代に書かれた「武将感状記(砕玉話)」では、次のように伝えられています。

    三成は幼い頃から北近江の寺院で、修行の日々を送っていました。ある日、鷹狩りの帰りに立ち寄った羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に茶を献じることに。一杯目はぬるめで量を多く、二杯目はやや熱く量を半分に、三杯目は熱くして少量を。

    喉の渇き具合を察した三成の心配りに深く感服した秀吉は、三成を家来として迎え入れたといわれています。

    敗戦、そして故郷・長浜で迎えた最期

    関ケ原古戦場 決戦地
    かつて関ケ原合戦の中でも特に激しく戦いが行われた決戦地には、石碑や徳川家・石田家の家紋入りの旗が建てられている

    秀吉に見出された三成は、小姓から出世を重ね、25歳で従五位下・治部少輔に任じられます。やがて豊臣政権の五奉行の一人として、政権中枢を担う存在となりました。

    以降、太閤検地や刀狩りといった内政改革を支え、戦場では兵站を担当。派手さはないものの、国家運営に欠かせない役割を果たしました。

    そして、文禄4年(1595)には佐和山城(現在の彦根市)の城主となり、長浜を含む湖北地域を治めるようになります。

    慶長5年(1600)、徳川家康と対立した三成は、西軍を率いて関ヶ原の戦いに挑むものの、小早川秀秋らの寝返りにより敗北。

    三成は戦場を離れ、徳川方の追手をかわしながら、関ヶ原から故郷・長浜へと身を寄せます。

    ◾️法華寺跡

    法華寺跡(長浜市木之本町古橋)

    関ヶ原の戦いに敗れた石田三成は、幼少期に小姓として過ごし、深い縁のあった法華寺の住職を頼り、静かな山里・古橋へと身を寄せました。この地は三成の母の故郷でもあり、法華寺にはかつて母の墓があったと伝えられています。

    寺跡の裏山には、三成が身を潜めていたとされる「大蛇(おとち)の岩窟」が今も残っています。

    やがて三成は、長浜ゆかりの武将・田中吉政の捜索隊によってこの地で捕縛され、京都へと護送されることになります。

     同年10月1日、京都・六条河原にて処刑され、石田三成は41年の生涯を閉じました。

    戦国武将・石田三成を味わう長浜グルメ「三成めし」とは?

    戦国武将・石田三成をテーマに、長浜市をはじめとする湖北地域で親しまれているご当地グルメが「三成めし」です。

    石田三成の生誕地であり、数々の史跡が残る長浜ならではの取り組みとして、歴史と食を組み合わせたユニークなメニューが各地で提供されています。

    三成の逸話や人物像、ゆかりの地の食材などをモチーフに、地元の飲食店が趣向を凝らして考案したメニューの数々は、歴史を“知る”だけでなく、“味わう”楽しみを旅に添えてくれます

    石田三成ゆかりの地を巡ったあとは、その物語を思い浮かべながら一皿を味わう…。
    そんな体験ができるのも、長浜ならではの魅力です。

    ◾️「三成めし」ってどんなグルメ?

    「三成めし」は、三成の生誕地である長浜市と、米原市、彦根市の3市が連携し、石田三成ゆかりの地としての魅力を発信するために生まれたご当地グルメです。

    石田三成ゆかりの地域の飲食店が、それぞれの解釈で“石田三成”を表現したメニューを提供しています。「三成めし」を名乗るグルメは必ず、次の3つの認定基準のいずれかを満たしています。

     

    ①石田三成の生涯や逸話にちなんだメニュー

    豊臣秀吉との運命的な出会いを描いた「三献の茶」のエピソードや、処刑前に体を気遣って柿を口にしなかったとされる逸話など、三成の生き方や人柄を感じられる物語が、料理やスイーツの中に表現されています。

    一皿を味わいながら、その背景にある歴史を思い浮かべるのも、三成めしの楽しみ方のひとつです。

    ②石田三成をイメージしたデザインやコンセプト

    家紋「大一大万大吉」や旗印、兜などをモチーフに、見た目やコンセプトで“三成らしさ”を表現しています。

    誠実さや知略をイメージした定食、陣羽織や家紋をかたどったスイーツ、名前の由来がユニークな軽食など、店舗ごとに工夫と個性が光ります。

    ③三成ゆかりの地(湖北地域)の食材や地域性が感じられるメニュー

    地元で育まれた食材を積極的に使い、この土地だからこそ味わえる一皿として、長浜ならではの魅力を伝えています。歴史だけでなく、風土や食文化も一緒に楽しめるのが、この基準のポイントです。

    これらの基準を満たしたメニューが、正式に「三成めし」として認定されています。認定店にはロゴステッカーやのぼりが掲げられており、まち歩きの途中でも見つけやすく、旅人にとって心強い目印になっています。

    長浜観光の際は、ぜひ探してみて下さいね。

    史跡もグルメも!石田三成をまるごと楽しむ長浜の旅に出かけよう

    歴史好きな方はもちろん、グルメ目的の旅や家族連れの観光にもおすすめの「三成めし」。

    長浜を訪れた際は、ぜひ一皿の三成めしから、石田三成が生きた戦国の物語に触れてみてください。

    史跡を巡り、物語に触れ、そして食を楽しむ。長浜でしかできない、石田三成ゆかりの旅を、ぜひ体験してみてください。

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    石田三成のイラスト

    石田三成

    理想と忠義に生き、己の信念のままに戦い抜いた智将。

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