戦国時代、幾度となく戦火に巻き込まれた湖北の地。
その激動の歴史を今に伝える文化財は数多くありますが、なかでも強く心を打つのが、長浜市高月町宇根の冷水寺(れいすいじ)に伝わる一体の菩薩坐像です。
その像は、美しく修復されることなく、焼け焦げた姿のまま三百年以上にわたって大切に大切に守り継がれてきました。
賤ヶ岳の合戦で焼き討ちに遭った菩薩坐
天正11年(1583)、織田信長の死後、天下の主導権を巡って羽柴秀吉と柴田勝家が争った賤ヶ岳合戦で、湖北一帯は戦場となり、多くの寺社や集落が戦火に巻き込まれました。
冷水寺も例外ではなく、柴田勝家軍の焼き討ちによって堂宇が焼失し、この寺に伝わるケヤキの一木造りの本尊・菩薩坐像も激しく焼けてしまったと伝えられています。
仏さまの表面は黒く炭化し、元の姿を十分にはとどめていません。
それでも、村の人々は焼けた像を手放すことなく、失われかけた仏さまを、なお祈りの対象として守り続けたといわれています。
約300年もの間、誰にも知られず守られてきた胎内仏
焼けてしまった仏像を見た当時の人々は、新しい本尊に替える道を選びませんでした。
江戸時代・元禄年間、新たに十一面観音坐像を造立し、その台座の中へ焼けた旧本尊を納めるという方法を選んだのです。
このような形式は「鞘仏(さやぼとけ)」と呼ばれます。
焼けた姿を捨てるのではなく、傷ついた仏を新しい仏の胎内で守り続けることは、単なる修復ではなく「戦火の記憶も信仰の歴史の一部として受け継ぐ」という、先人たちの深い思いの表れだったのでしょう。
焼損した旧本尊は、鞘仏の胎内に納められたまま、長い間その存在が知られることはありませんでしたが、平成8年(1996)の観音堂修理の際、台座の内部から旧本尊が確認され、その存在が改めて明らかになりました。
スポット紹介:冷水寺胎内仏資料館

この貴重な歴史をより多くの人に伝えたい。
そんな地域の人々の思いから誕生したのが、冷水寺胎内仏資料館です。
この資料館は、冷水寺の聖観音菩薩坐像と鞘仏にまつわる歴史を伝える、地域の人々が手づくりした資料館です。
胎内仏の写真や賤ヶ岳合戦の焼き討ちの様子、宇根地区の歴史などが分かりやすく紹介されており、「世界一小さい資料館」の呼び名でも親しまれています。

正面厨子の十一面観音像は、その台座内に戦火に焼かれた胎内仏を持つ「鞘仏」です。
賎ヶ岳の合戦の際、柴田勝家軍の焼き討ちにより焼け傷み、江戸時代・元禄年間、このさや仏と台座をつくり、黒こげになった痛ましいお姿の旧本尊をおさめました。
冷水寺胎内仏資料館
滋賀県長浜市高月町宇根281
※普段は無住のため要予約。営業時間、拝観料等はご確認ください。
【電話】0749-85-2273(高月観音の里歴史民俗資料館内・観音コンシェルジュ)
【アクセス】JR北陸本線「高月駅」から車で約5分